安倍文殊院~戦隊もののヒーローのような文殊菩薩

この世の中に見ていて楽しくなる仏というのもいるようです。
それが、安倍文殊院の文殊菩薩像です。いや、文殊菩薩群像です。

そうなんです、この文殊菩薩像はまるで「戦隊もの」のヒーローのようなのです。
まずは、中心に文殊菩薩がいますが、その菩薩は獅子に乗っているのです。

正式には「木造騎獅文殊菩薩」というそうです。

乗っている獅子も加えると高さが7メートルに達する圧倒的な迫力で、さらにキリッと引き締まった表情はまさにヒーローの中のヒーロー(hero of hero)という感じです。
ただし、本当に面白いのは、その菩薩に付き従う1匹(?)と4人です。

この獅子の表情と菩薩の表情との対比が秀逸

まず、目を引くのが獅子の表情です。
親分の菩薩様を乗っけているのは俺さまだよと胸を張りたいのに、何とも言えず困ったような表情で左側見ています。

その視線の先を辿れば、見るからに「武闘系」の像が建っています。
西域の王様をモデルとした「優填王(うてんおう)像」なのですが、実に恐そうな顔をして前を見すえているのですが、その両手にはしっかりと手綱が握りしめられています。そして、その手綱は菩薩をのせている獅子につながっています。

優填王(うてんおう)像

オレ、そんな綱をつけられなくても、ちゃんと菩薩様をのせてるんだけどね・・・、文句言いたいけど、あいつなんか恐そうだな・・・、綱をつけるならオレよりはあいつの方だろ、・・・絶対あいつの方が俺より凶暴だよ・・・。

言っているかどうかは分かりませんが、それにしてもこの困ったような獅子の表情は秀逸です。
そして、きっと心の隅ではこんな事も考えているのかもしれません。

オレ真面目に働いてきたからさ、菩薩さんの方からあいつにもう綱はいらないと言ってくんないかな・・・。

とは言え、菩薩様はきりりと引き締まった表情で前を見ているだけなので、まだまだ修行が足りないと言うことなのでしょう。

そうなんですね、この菩薩様は結構厳しいのです。
その事がよく分かるのがこの可愛らしい善財童子像(ぜんざいどうじ)です。

文殊菩薩を見返る善財童子

彼は文殊菩薩の説法に感動して弟子入りを願い、菩薩もその熱意に負けて認めるのですが、その条件として53人の善知識(人生の師)に出会って仏の教えを会得することを要求するのです。
この善財童子が文殊菩薩の導きによって53人の人生の師をたずねて歩く文学的なストーリーが、「華厳経」というお経の中心を占めているそうです。

善財童子が文殊菩薩からまず最初に会うことを指定されるのが、徳雲比丘というお坊さんです。
そこで学ぶことは次のようなものらしいです。

自業に住する念仏門衆生の積集する所の業に随ひて 一切の諸仏はその影像を現じて覚悟せしむることを知るが故に。

難しいですね。
私もよく分かりませんが、解説書によると、あるがままの自分の命の流れをあるがままに住みきり、受け取りきることが大切だと言うことのようです。

「自業自得」という言葉の本当の意味はここから来ているそうです。
つまりは、「ほんとの自分のいのち(自業)をわがいのちとして生ききる(自得)」ということです。

こういう調子で、菩薩の指示に従って53人の人生の師と出会って学んでいくのですから大変な修行です。
この少し躰をひねってひたすら菩薩を見上げる童子の姿からは「学ぶ」と言うことの本質がにじみ出ているように思います。

私がたずねたときも、この文殊菩薩の前で小学生と見える子供とその両親が私立中学合格の祈願をしていました。
出来れば、その祈願を通して、そしてこの善財童子像を通して「学ぶ」事の意味を考えて欲しいものだと思いました。

ですから、獅子もまた綱をほどいて貰うにはまだまだ修行が必要なのでしょう。

そして、この反対側、向かって左側には二人の年寄りの像が付き従っています。
一人が維摩居士(ゆいまこじ)で、もう一人が仏陀波利三蔵(ぶっだぱりさんぞう)です。なお、安倍文殊院では仏陀波利三蔵は釈迦の十大弟子の一人「須菩提」とされているそうです。

仏陀波利三蔵

仏陀波利三蔵はバラモン僧なのですが、文殊菩薩に会うために西国から中国の五台山に入り、老人に化身した菩薩にあって「仏頂尊勝陀羅尼経」を広めることを依頼された人物です。
なるほどはるばる遠い国からたずねてきた困苦が刻み込まれた姿をしています。

維摩居士

維摩居士像と言えば、単独で祀られている法華寺の像が有名ですが、この人物もまた文殊菩薩と深いつながりがあるので、こういう戦隊もののヒーローの一人として加えられています。
難しいことは分からないのですが、維摩居士は仏法を深く学び釈迦の十大弟子を法論で言い負かした事もある人物です。

そんな維摩居士が病気であることを知った釈迦は弟子を見舞いに行かせようとするのですが、かつて言い負かされたことを思い出し、今度も見舞いに行って言い負かされるのではないかと恐れて誰もが断ってしまうのです。
そこで、仕方なく、文殊菩薩が維摩居士を見舞うことになるのです。

そうなると、知恵の仏である文殊と維摩居士がどのような話を交わすのか聞きたくなってしまうのですから、勝手なものです。(^^v

しかし、そんな身勝手を文殊も維摩居士も許したので、多くの菩薩や天人達までもが参加する一大イベントになってしまったのです。
そして、この二人の法論は参加したものに感動を与え、文殊と維摩居士もお互いにたたえ合い、ついには維摩居士は文殊に付き従うことになったのです。

まあ、そんな事が般若系の経典である「維摩経」には書かれているそうなのです。お経なんて訳の分からない呪文みたいなものを延々と読んでいるだけかと思っていたのですが、中味が分かると結構面白い話もたくさんあるようなのです。

確かに、この維摩居士像は文殊菩薩と互角に知恵比べしたと言うだけあって、思慮深い表情をしています。

とは言え、この戦隊もので一番興味をひくのは最初に述べたように、困ったような獅子の顔と人生の意味を真摯に追い求める善財童子の可憐さです。

なお、この文殊菩薩像は、菩薩の内部から出てきた造立願文によって、建仁3年(1203)の快慶の作と判明したことで2013年に国宝に格上げされました。

 

安倍文殊院

安倍文殊院の本堂 ここに文殊菩薩像が祀られている
なんと言っても「合格祈願」のおてらですから・・・。
合格門を上がっていくとこの清明堂があります。 安倍清明はここで生まれたと言い伝えられています
清明堂から大和三山を望む

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