宇陀(奈良 宇陀市)の一本桜(2)~大野寺の小糸桜

写真は4月12日に撮影したものです。

「大野寺」は小さなお寺ですが誇るべきものが二つあります。
それが「小糸桜」と「磨崖仏」です。

大野寺の「磨崖仏」

磨崖仏とはそそり立つ岩壁などに刻み込まれた仏像の事で、結構あちこちに残っています。ただ、この「大野寺の磨崖仏」が有名なのは、これが後鳥羽上皇の勅願によって作られた事と、落慶法要の時には上皇自身がわざわざこの宇陀の奥深い地にまで足を運んだ事によります。
大野寺から見れば室生川を挟んだ対岸に仏を彫ろうと言い出したのは興福寺別当だった「雅縁」という僧だったようなのですが、「それはいいことだ」と言ってスポンサーになったのが後鳥羽上皇です。

大野寺の摩崖仏:距離があるのでよほど目を凝らさないと仏さまは確認できません

この磨崖仏を彫り始めたのは1207年と伝えられているのですが、その翌年に行われた「住吉社歌合」で後鳥羽上皇は有名な次の歌を詠んでいます。

おく山のおどろが下もふみわけて道ある世ぞと人に知らせん

「おく山のおどろが下」とは、これは誰がどう読んでも鎌倉幕府の事です。その「おどろが下」を踏み分けて行ってでも「道ある世ぞと人に知らせん」と言うのですから、当時の政治状況を考えてみればかなり「危ない歌」です。
しかし、それは同時に、朝廷の実権を完全に掌握して「治天の君」と呼ばれた絶頂期の高ぶりが現れた歌でもあります。

ですから、この磨崖仏はその様な時期に後鳥羽上皇の勅願によって彫られることになったわけです。
そこにどのような思いをこめてこの磨崖仏を彫らせたのか、さらに言えば、落慶法要に直々に出向いて行って何を祈ったのかはだいたい察しがつこうかというものです。

花で埋め尽くさる大野寺の境内

しかし、上皇の側近の中でも鎌倉幕府とのつながりが深い連中にしてみれば、そうような上皇の振る舞いはかなり危なっかしいものに見えたはずです。彼らは鎌倉幕府とのつながりを深めていけばいくほど、この東国の武家勢力が恐るべき力を蓄えつつあることを熟知するようになっていたからです。
その事は次第に上皇自身の側近の中でも深刻な亀裂を生じさせ、時代は1221年の承久の乱に向けてジリジリと歩みを進めていくことになるのです。

しかし、そう言う歴史の一断面を刻みつけた磨崖仏も今は摩耗が進んで、目をこらさなければその姿も確認できない状態です。
ですから、この小さなお寺に磨崖仏を目当てに訪れる人は多いとは言えません。いつもの「大野寺」はとても静かなお寺なのです。

大野寺の「小糸桜」

今、このお寺に人を引きつけるのは、その様な歴史の一断面が刻み込まれた「磨崖仏」ではなくて、「小糸桜」と名前が付けられた枝垂れ桜の古木です。
二本の「小糸桜」とそれよりは色の濃い10本程度の「紅枝垂れ桜」が境内に咲き誇ります。
本当に小さなお寺なので、それはまさに花で埋めつくされたかのような雰囲気になります。

しかし、残念なのは樹齢300年と言われる「小糸桜」がかなり弱ってきていることです。

衰えが目立ち「小糸桜」:つっかえ棒が痛々しい

上も横もかなりバッサリと枝が切られていて、さらには弱った枝を支えるつっかい棒が何本も添えられていて痛々しい限りです。

とある方のブログに掲載されていた写真(2008年)と較べると、その弱り方は一目瞭然です。

2008年の「小糸桜」

訪ねた日にはテレビの取材が入っていて、この桜の世話をしている人がインタビューを受けていました。その話を聞くともなく聞いていると、今年はようやくにして少しは持ち直して、その結果として花つきも少しは回復したと語っていました。

テレビの取材が来ていました

確かに「小糸桜」と呼ばれるだけあって、非常に繊細な花をつけています。

それは、良くも悪くも「庭園育ち」の繊細さをもった「貴族的な桜」と言えるのかもしれません。しかし、その「繊細」さは同時に「ひ弱さ」にも繋がっているようです。何故ならば、この「小糸桜」の親桜と言われる西光寺の枝垂れ桜は全くの野育ちで樹齢も350年になろうというのに、ほとんど添え木もない状態ですっくと立っているのです。

繊細な花をつけますね

誰かが言ったように、桜の寿命は50年、それから後何年生きるかはその桜次第で、人の力で延命するには限界があるそうです。
しかし、救いなのは、少し離れた場所に2代目の「糸桜」が立派に咲いていることです。桜にも寿命がある以上は、いつかは代替わりは仕方がないのかもしれません。

こちらが二代目の「小糸桜」

また、狭い境内はピンク色の「紅枝垂れ桜」が埋めつくしていて、桜の季節になるとその狭い境内は人で埋めつくされます。

紅枝垂桜の濃い目のピンクが印象的です

室生寺へ

なお、時間に余裕があれば、少し足を伸ばして「室生寺」にも行ってみることもお勧めします。

緑の中の桜もいいものです

いつもとは「力関係」が逆転して、この時期の「室生寺」はひっそりとしています。しかし、緑の木々の間に咲く「桜」の姿も悪くないものです。

室生寺入り口の橋にかかる桜

大野寺から室生寺に回った日は、ちょうど金堂が特別公開されていて、有名な「十一面観音立像」や「十二神将立像」を間近で拝見することができました。とりわけ「十一面観音立像」はどのような写真で見るよりも実物の方が圧倒的に美しかったです。

十一面観音立像:目の前で拝見するともっと美しいです

これは不思議なことで、最高の条件で写した写真は往々にして実物を上回ることがあり、その写真のイメージで実際の仏様を拝見するとがっかりすることがあります。
それに対して、この「十一面観音立像」の美しさは、間近で拝見しないと絶対に分からない類の美しさです。

「室生寺」のシンボルの五重塔

その意味でも、実にいい機会に恵まれたものでした。
石楠花のシーズンが来ると再びにぎわってしまうので、静かな「桜の室生寺」は意外なほどに素敵な場所です。

大野寺へ

近鉄「室生口大野駅」から簡単に歩いていける距離ですから、この桜だけを見たい人は近鉄を利用するのが一番便利です。
しかし、ついでに室生寺なども訪れたいとなると車利用と言うことになります。

大野寺の前の通り。ここを通って駐車場に向かいます。

通常は狭い駐車場しかないお寺なのですが、桜の時期はかなり広い臨時の駐車場が用意されます。
お寺の前のあまり広くない道を通っていくので少し不安になります。私が訪ねたときはちょうど観光バスが着いたときと重なり、多くの観光客はお寺に向かって歩いてきたので、この道を車で通ってもいいのだろうかと不安になりました。
また、臨時駐車場もそれほど広くはないので平日でも満車になっていることもよくありますが、回転は結構速いのですぐに空きはできるようです。


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