エーリヒ・クライバー/美しく青きドナウ/シュターツカペレ・ベルリン 1923年録音

ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」 op.314

エーリヒ・クライバー指揮 シュターツカペレ・ベルリン 1923年録音

とんでもなく古い録音なのですが、実に興味深い録音であることは間違いありません。
殆ど雑音の中からかすかに音楽が聞き取れるレベルではあるのですが、それでもエーリヒ・クライバーという稀代の大指揮者の姿を知る上では本当に貴重な録音です。

エーリヒと言えば一頃はクライバーのパパと言うことで、パパ・クライバーなどと呼ばれたこともありました。
しかし、その息子のクライバーは父親の偉大さを知り抜いていましたので、エーリヒがコンサートを行った場所で指揮をすることを基本的に拒否していたと伝えられます。そして、そんなクライバーの言動に接するたびに父親のエーリヒってそんなにも凄かったのかと、エーリヒのことを詳しく知らない若い世代の人々は訝しく思ったりしたものでした。

しかしながら、カルロス・クライバーが恐れた指揮者はただ一人エーリヒだけでした。
ですから、戦前の録音を中心として、しばし、そのエーリヒの姿を追いかけてみたいと思います。

地方の歌劇場から叩き上げの指揮者としてキャリアを積み上げてきたエーリヒが、はじめてつかんだ大きなポストが「シュターツカペレ・ベルリン(ベルリン国立歌劇場)」でした。
彼は1923年にヨーロッパの最高峰の一つであるこの歌劇場の音楽監督に就任し、ナチスの文化政策に抗議して1934年にそのポスト退くまでの10年あまりにわたってその地位にありました。
このナチスとの関係については後で詳しく見ていきたいと思うのですが、それよりも今回はこの「美しく青きドナウ」です。

これは1923年の録音ですから、まさにエーリヒがこの歌劇場の音楽監督に就任したときの演奏だと言うことになります。
エーリヒはマーラーの指揮姿に大きな影響を受けて指揮者を目指したと伝えられています。
そしてプラハ音楽院で指揮を学び、1911年、21才の時にに指揮者デビューを果たします。そして、そこからわずか10年あまりで伝統ある歌劇場のシェフに上りつめたというのは、その才能が並々ならぬものだったことを示しています。

しかし、この「美しく青きドナウ」を聞けば誰もひっくり返りそうになるはずです。
演奏時間12分というのは最初は何かの間違いではないかと思うのですが、まさにそれだけの時間をかけ、さらにはポルタメントもかけまくってこれ以上はないと言うほどにネッチリと濃厚に歌い上げているのです。
それは、エーリヒの指揮者としての原点が奈辺にあったのかを如実に示している録音なのです。
言葉をかえれば、彼が指揮者を目指した原点がマーラーにあったことがはっきりと刻み込まれているのです。

エーリヒと言えば虚飾を排した強い緊張感に満ちた音楽作りというのが通り相場なのですが、そんな通り一遍のフレーズで全てが分かるような存在ではないのです。

でも、誰か、ニュー・イヤーコンサートでこんな「美しく青きドナウ」を演奏してくれないかな、と妄想はしてしまいますね。
それこそ、蒸留水のようなウィンナー・ワルツを聴かされ続けてきた耳には最初はギョッとするでしょうが、最後はきっと涙を流してブラボーを叫び続けることでしょう。

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