カール・ベーム/ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲/(Vn)マックス・シュトループ

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61

カール・ベーム指揮 (Vn)マックス・シュトループ シュターツカペレ・ドレスデン 1939年録音

「マックス・シュトルーブ」というヴァイオリニストははじめてその名前を目にしました。
ナチスによる「ユダヤ人問題の最終的解決」によってもっとも痛手を受けたのがヴァイオリンの世界でした。その結果として、当時のドイツで世界的レベルで活躍できるヴァイオリニストはクーレンカンプだけと言われるようになってしまうのです。

ですから、この録音に「マックス・シュトルーブ」なるヴァイオリニストが起用されたのは、ユダヤ人を追い出すことによって出来た空席に「純血アーリア人」のヴァイオリニストが座を占めたのかと思ったのです。
調べてみると、シュトルーブは、ヒトラーの熱狂的な支持者だったエリー・ナイとコンビを組んで演奏活動も行っていたようです。(その事が、戦後彼を苦況に追い込んだようです)

そんなわけで、大した演奏ではないだろうと思いつつ聞き始めたのですが、案の定、出始めはいささか音程が不安定で響きにも潤いがないように感じられました。
ベームの指揮もなんだか怒っているようで、「こんなヴァイオリニストを押しつけやがって!」みたいな感じで、ヴァイオリンのことなんか無視するかのように遠慮会釈なくオケを鳴らしています。

シュトルーブにしてみればとんでもない状況からスタートしたように聞こえるのですが、それでも、メリハリのきいた響きでもってそんなベームとオケに対抗して第1楽章を乗り切ります。

吃驚するのは、その第1楽章のカデンツァです。
これは聞いたこともないようなカデンツァで、おまけに、途中でなんだかナチス親衛隊の行進を思わせるような場面も出てきてドキリとさせられます。
調べてみると、これはピアノ協奏曲に編曲したヴァージョンをもとにシュトルーブ自身が作ったカデンツァだったようで、おそらくここ以外では聞けない代物のようです。

そして、この1楽章のがんばりに敬意を表したのか、第2楽章では「まあ、好きにやってみてください」とばかりにベームは伴奏に徹します。
このあたりからヴァイオリンは少しずつしなやかに歌い始めます。

そして、最後の楽章ではシュトルーブの力量を認めたのか、見事な「協奏」を演じてみせます。
そのあたりのベームの心の変化もよく分かる演奏と録音です。

最初は力もないヴァイオリニストがユダヤ人を追い出すことでソリストに抜擢されただけの演奏かと思ったのですが、意外なほどに悪くない演奏だったのです。
そして、当時のドイツでは音楽に豊かなニュアンスを含めるのは「ユダヤ的」だと思われていたようで、特に第1楽章における不自然なまでに一本調子な演奏は、そう言う時代を反映したモノとして貴重なかも知れないのです。

しかし、そう言う「意志の力」は音楽が進むにつれて次第に率直な「人間的感情」に取って代わられ、しなやかに歌い出すのが手に取るようにも分かります。

なお、「マックス・シュトルーブ」は若くしてシュトゥットガルト歌劇場のコンサートマスターに就任し、さらにはドレスデン・シュターツカペレのコンサートマスターもつとめたヴァイオリニストだったようです。
そして、1928年にはベルリン国立歌劇場のコンサートマスターに就任してシュトループ弦楽四重奏団を結成しています。
ですから、いわゆるソリストととしてではなく、室内楽演奏が活動のメインだったようで、その意味でもこの協奏曲の録音は貴重なモノと言えます。