クーセヴィツキー/モーツァルト:交響曲第29番/ボストン交響楽団

モーツァルト:交響曲第29番 イ長調 K. 201 (186a)

セルゲイ・クーセヴィツキー指揮 ボストン交響楽団 1937年録音

クーセヴィツキーについて語るときにもう一つ忘れてはいけないのは、大富豪だった奥さん(ナタリア・ウスコフ)の存在です。
おそらく、彼は生活のために音楽活動を行う必要はなかったはずですから、その立ち位置はイギリスの偉大なる変人ビーチャムとにていたかも知れません。

しかし、そんな事よりも大きな意義があったのは、その財力を生かして同時代の作曲家に積極的に新しい作品を依頼したことです。
そんな依頼によって生み出された作品と言えば、真っ先に思い浮かぶのがバルトークの「管弦楽のための協奏曲」であり、ラヴェルによる「展覧会の絵」の管弦楽版への編曲でしょう。それ以外にもメシアンの「トゥーランガリラ交響曲」とかストラヴィンスキーの「詩篇交響曲」、ルーセルの「交響曲第3番」、オネゲルの「交響曲第5番”三つのレ”」あたりもクーセヴィツキーの委嘱によって生まれた作品です。

それから、ブリテンの「ピーター・グライムズ」も同様で、それは亡くなった奥様に献呈されていたはずです。

こうして並べてみると、彼の存在がなければ20世紀の音楽史は随分違ったものになってしまうほどの貢献をしたことがよく分かります。

当時の記述を見ると、クーセヴィツキーを特徴づけるスタイルは速めのイン・テンポだったようなのですが、その特徴が見事なまでに現れているのがこのモーツァルトでしょう。
第1楽章の「Allegro moderato」は「moderato」という記述はほぼ無視をしているだけでなく、それはもう「Presto」に近いのではないかと思ってしまいます。
続く第2楽章の「Andante」もかなり早くて「Moderato」、場所によっては「Allegretto」くらいに感じる場面もあります。

ただし、これもまた当時のアメリカという社会の反映であったことは事実です。
そこからは、顔を上げてひたすら前へ前へと突き進んでいく時代の相貌が浮かび上がってくるようです。