ブルックナー:交響曲第9番 ニ短調
カール・シューリヒト指揮 ベルリン市立歌劇場管弦楽団 1943年録音
シューリヒトという人は「困った人」が多いこの業界の中では珍しいほどの「人格者」であったことはよく知られています。
カラヤンが戦争中のナチスへの協力容疑で一切の音楽活動を禁止されているときに、スイスに亡命していたシューリヒトの本をたずねて愚痴をこぼしたりもしていたようです。
ナチスに対しては常に批判的であり、その結果としてキャリアに恵まれなかったシューリヒトにしてみれば、元ナチス党員の愚痴などは聞きたくもなかったのかも知れませんが、随分と辛抱強く耳を傾けてやったようです。
そんなカラヤンがレッグの引き立てをきっかけに日の出の勢いでキャリアを築き上げていくと、そんな昔のことなどはなかったかのように尊大になっていきます。
ある時は、リハーサルを行っているシューリヒトのところにずかずかと踏み込んできて、「やぁ、カール何をしてるんだ」みたいな事をいったようです。
それに対してシューリヒトは穏やかに「気と同じように指揮というものを試しているところだよ」とかえしたそうです。
やはりこの世界は前に出てなんぼ、自己主張してなんぼの世界ですから、カラヤンやフルトヴェングラーみたいなどぎついまでの灰汁が不可欠なのでしょう。
そして、そう言う灰汁が音楽にもたらす功徳は計り知れないのです。
しかし、みんながみんな、そんなに灰汁が強いだけでは聞いている方も疲れるときがありますから、時にはそう言う「灰汁」とは遠いところで音楽を行ってきた人の演奏を聞いてみたくもなるのです。
この1943年のブルックナー録音は、先に紹介したべートーベンの「田園」と同じように録音が優秀です。これもまた、当時の最新技術だった磁気テープによって録音された可能性があります。
そして、その音の良さのおかげで、レガートを大切にして美しく音を繋ぐことでブルックナーを造形していこうとするシューリヒトの意図がよく分かる演奏になっています。