シュヴァイツァー/バッハ:幻想曲とフーガ BWV542/1940年代の録音

J.S.バッハ:幻想曲とフーガ BWV542(大フーガ)

(Org)アルベルト・シュヴァイツァー:1940年代の録音

シュヴァイツァーといえば、一昔前は「偉人伝」の定番でした。裕福な牧師の家庭に生まれ、若くして神学と哲学の博士号を取得しながら、さらに30歳からは医学を学び、医療施設の整わないアフリカのガボンに赴いて、その生涯を医療活動と伝道に捧げた人でした。
その生涯は多くの人々から「密林の聖者」と尊敬され、1952年にはノーベル平和賞も受賞しています。

哲学、神学、医学という3つの博士号を取得しているだけでも驚きなのですが、幼い頃から学んできたオルガン演奏でも一流のプロとして通用する腕を持っていたのですから驚かされます。
そして、このオルガン演奏の腕が、資金不足で困難に陥っていたがボンの医療施設を支える事になります。
今の時代ならば、これほど高名な人物が人道支援としての医療活動を行っていればいくらでも資金は集まりそうなものですが、戦後の混乱期においてはそれは難しかったようです。
ですから、不足する資金はシュヴァイツァー自身のオルガン演奏や公演活動によって賄われることになるのです。

しかし、そのおかげで、医療と伝道に人生を捧げることを決心して、ある意味では「音楽」を捨てたシュヴァイツァーの演奏を聞くことができるのです。
そして、おかしな言い方になるのですが、クラシック音楽の世界の「流行」などと言うものから隔離されていたがゆえに、そこからは「冷凍保存」されたような「古いバッハ」を聞くことができます。

その悠然としたテンポによって描き出されるバッハはこの上もなくロマンティックです。
そして、こういうバッハを聴くことによって、これに続くヴァルヒャなどのバッハの「新しさ」を実感できるのです。

船が真っ直ぐ進んでいるかどうかはブリッジに立って前を見ているだけでは分からない、それを知るためには後ろを振り返って航跡を確かめなければいけない、と言うことなのです。