ボールト/エルガー:エニグマ変奏曲/コンセルトヘボウ管弦楽団 1940年録音

エドワード・エルガー:エニグマ変奏曲
エイドリアン・ボールト指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1940年2月29日録音

これもまた、シューリヒト指揮によるマーラーの「大地の歌」と同じように戦争という歴史の一断面を切り取った録音と言えるでしょう。

あの会場からすすり泣きの声が聞こえるメンゲルベルクによる「マタイ受難曲」は1939年4月の演奏会であり、シューリヒトのマーラー演奏会は同年の10月でした。それらと較べればこのボールトを招いた演奏会は1940年の2月ですから、状況はさらに緊張の度合いを深めていました。
そして、この演奏会から約2ヶ月後の5月10日にナチス・ドイツはオランダに侵攻を開始し、17日にオランダは降伏します。

そう言う状況下で、イギリスの指揮者であるボールトを招いて、イギリスの作曲家であるエルガーの作品を演奏するという事は何を意味したのでしょうか。

一説によれば、40年4月にナチスがノルウェーに侵攻してもオランダ市民の大半は自分たちの国が戦争に巻き込まれないと言う幻想を抱いていたとも言われています。
だとすれば、これもまたありふれた日常の一コマだとも言えるのですが、それでも前年にはドイツでは演奏禁止になっているユダヤ人作曲家のマーラーの作品を取り上げていますし、このエルガーもまた明らかにドイツから見れば敵国の作曲家です。

さらに言えば、この「エニグマ変奏曲」の第9変奏 の「ニムロッド」には戦没者追悼の意味合いが含まれています。
そう思えば、これを脳天気な幻想の中での日常ととらえるのには無理があるでしょう。

この後、オランダ政府はイギリスに亡命をして戦いを続け、多くの市民もまたレジスタンス活動に参加していくことになります。
なお、理由はよく分かりませんが、同時代のコンセルトヘボウのライブ録音の中では非常に優秀です。