ワルター/「我が祖国」より「モルダウ」

スメタナ:「我が祖国」より「モルダウ」

ブルーノ・ワルター指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック 1941年2月4日録音

ワルターにしては割合に珍しいレパートリーではないでしょうか。
勘ぐりかも知れませんが、アメリカに亡命せざるを得なくなって、そこで受け入れられるためにはあまり選り好みをしてはいられなかったのかも知れません。

その点で言えば、最後まで融通が聞かなかったのがピアニストのシュナーベルでした。

まだ戦争前のことだったのですが、大衆に好まれるコンサートにするように興行主から要請されても、彼はそれを断り続けました。

興行主から「あなたは路上で見かける素人、疲れ切った勤め人を楽しませるようなことができないのか」と言われても、「24ある前奏曲の中から適当に8つだけ選んで演奏するなど不可能です」と断ってしまいます。
結果として興業は失敗に終わり、興行主からも「あなたには状況を理解する能力に欠けている。今後二度と協力することはできない」と言われてしまうのです。

そして、その姿勢は、戦争が始まってアメリカへの亡命を余儀なくされたときも本質的には変わりませんでした。

それに対して、ワルターは要請があればこういう作品も指揮するようになったのです。
さらに、その「モルダウ」も、アメリカの聴衆の好みに合うように、直線的でスッキリとした造形でまとめています。
ここには、ヨーロッパ時代のチャーミングでコケティッシュな雰囲気、ともすれば崩れ落ちそうな退廃的な雰囲気はどこを探しても見つかりません。

シュナーベルと比べれば、ワルターははるかに「状況を理解する能力」に恵まれていたのです。(^^;

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