魔法の楽器オーケストラの誕生
ヴァイオリンやピアノというのは素晴らしい楽器ですが、その様な単独の楽器だけでクラシック音楽の世界が構成されていたならばその光景は随分と殺風景なものになっていたでしょう。
クラシック音楽の世界はヴァイオリン属の楽器を中心とした「オーケストラ」という魔法の楽器が生まれることで、その装いは一気に華やかなものになりました。
オーケストラの基本的な構成
今日、オーケストラのもっともベーシックな編成は管楽器が基本的に2名となっている「2管編成」とよばれるもので、控えめにみれば概ね以下のような編成となります。
弦楽5部
- 第1ヴァイオリン:10
- 第2ヴァイオリン:8
- ヴィオラ:6
- チェロ:4
- コントラバス:4
木管楽器群
- フルート属:2
- オーボエ属:2
- クラリネット属:2
- ファゴット属:2
金管楽器群
- ホルン属:2 or 4
- トランペット属:2
- トロンボーン属:2
- チューバ属:0 or 1
打楽器
- ティンパニ:1
- その他打楽器:適宜数名
ただし、ハイドンやモーツァルトの交響曲などをみると管楽器はかなり控えめに使われています。
例えば、ハイドンの94番「驚愕」では木管楽器はフルート、オーボエ、ファゴットだけ、金管楽器もホルンとトランペットだけです。
モーツァルトの交響曲もまた似たような編成であり、ごく稀に(39番、40番)クラリネットが追加されるだけです。初期作品ではさらに控えめで、例えば25番のもう一つのト短調交響曲などでは、オーボエ、ファゴットにホルンだけです。
ですから、管楽器がフルに活用されるようになる古典派後期からロマン派の交響曲を演奏するときは、同じ2管編成であっても指揮者の意向によって弦楽5部が増員されるのが一般的です。
その増員される基本形が「フル編成」とよばれるもので、業界では(^^;「14形」とよんだりします。
- 第1ヴァイオリン:14
- 第2ヴァイオリン:12
- ヴィオラ:10
- チェロ:8
- コントラバス:6
さらに、カラヤン&ベルリンフィル等はさらなる重量級の表現を求めて第1ヴァイオリンを18人~20人にまで増強するのが常でした。
つまり、一口に2管編成と言っても約50名程度のシンプルな2管編成から、70名程度の「14形:フル編成」、さらには90名を超える「カラヤン形(?)」まで、そのヴァリエーションはかなり広いのです。
ただし、その様な幅広いヴァリエーションがあったとしても、変わらない原則が一つだけあります。
それが、2管編成のオーケストラというものは強力な弦楽合奏をベースとして、そこへ管楽器と打楽器が彩りを添えるというスタイルです。主役はあくまでも弦楽合奏であり、そこへ管楽器と打楽器が従としてつきしたがうと言うスタイルは、カラヤン形(?)であっても50名程度のシンプル編成であっても、その基本的な響かせ方は変わりません。
交響曲の二つの源流
それでは、こういう魔法の楽器とも言うべきオーケストラを生み出したのは誰でしょうか?
当然の事ながら、何処かの誰かがオーケストラを作ろう!とかけ声を変えてある日突然に出来上がったわけではありません。
歴史をザックリと振り返ってみれば、オーケストラは二つの源流を持っています。
一つはオペラにおける歌の伴奏を行う器楽合奏です。
もう一つは、コレッリの合奏協奏曲やヴィヴァルディの独奏曲、さらにはコンサートの開始を告げる序曲などの、人の声や歌からの制約を逃れた純粋器楽の合奏です。
やがてこの二つの流れは密やかに歩み寄って合流していくのですが、まずはじめにオーケストラの原型を作ったのは後者の流れでした。そして、そのオーケストラを活用して生み出された音楽の主要なジャンルが交響曲でした。
オーケストラはこの交響曲というジャンルとともに発展していくことになるのです。
そして、今日、この交響曲はハイドンという名前と結びついて記憶されています。
ハイドンには「交響曲の父」という尊称が奉られています。
しかし、純粋器楽としてのオーケストラの歴史をコレッリあたりから下っていくと、ハイドンの前にフィリップ・エマヌエル・バッハやマンハイム楽派の作曲家達の姿が目に入ってきます。
しかし、エマヌエル・バッハはともかく、交響曲という形式を生み出したマンハイム楽派の作曲家達を覚えている人はほとんどいません。
不思議な話ですが、クラシック音楽の歴史を眺めてみると、「創始者」というのは驚くほどに「いい仕事」をしないものなのです。
そして、後世に残る「いい仕事」は創始者ではなくて、そのアイデアを自分の中に取り込んで発展させた連中によって為されるのです。
例えばピアノにおける「ノクターン」という形式を生み出したのはアイルランドの作曲家であるジョン・フィールドですが、その名前を知っている人はほとんどいません。
今日、ノクターンという音楽形式はショパンと深く結びついています。何故ならば、ショパンがノクターンという形式を創始者であるジョン・フィールドが想像もしなかった高みへと引き上げたからです。
同じように、フィリップ・エマヌエル・バッハがソナタ形式を完成させ、その形式をオーケストラに適用することで交響曲というスタイルを生み出したマンハイム楽派のシュターミッツやカンナビヒの名前を覚えている人はほとんどいません。
そして、ノクターンがショパンと結びつけられているように、交響曲もまたハイドンと深く結びつけて記憶されているのです。何故ならば、ハイドンもまたマンハイム楽派の作曲家達が想像もしなかったような高みにまで交響曲という形式を引き上げたからです。
その意味において、ハイドンを「交響曲の父」と呼ぶことは全く正しいのです。
しかしながら、そう言うハイドン以前の交響曲の姿を実際に耳にすることはほとんどありません。ましてやパブリック・ドメインになっている音源を探すなどと言うのはほぼ不可能です。
そこで、時代的にはハイドンと重なる部分の多い作曲家なのですが、バッハの息子達の中では最も出世したヨハン・クリスティアン・バッハ(ロンドンのバッハ)の交響曲を紹介しておきましょう。
ヨハン・クリスティアン・バッハ:シンフォニア 変ロ長調 作品18の2
Johann Christian Bach:Symphony in B flat major, Op18 No2 [1.Allegro assai]
Johann Christian Bach:Symphony in B flat major, Op18 No2 [2.Andante]
Johann Christian Bach:Symphony in B flat major, Op18 No2 [3.Presto]
ヨハン・クリスティアン・バッハ:シンフォニア ニ長調 作品18の4
Johann Christian Bach:Symphony in D major, Op18 No4 [1.Allegro con spirito]
Johann Christian Bach:Symphony in D major, Op18 No4 [2.Andante]
Johann Christian Bach:Symphony in D major, Op18 No4 [3.Rondo(Presto)]
エドゥアルト・ファン・ベイヌム指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 1958年10月6日~7日録音
彼の作品はロンドンを訪れた少年モーツァルトに大きな影響をあたえました。そして、モーツァルトはこのロンドンのバッハへの尊敬の念を終生失うことはありませんでした。
バッハ一族の中では唯一オペラの作曲で成功を収めたクリスチャンですから、交響曲と言っても純粋器楽に源流を持つ作品ではなく、オペラの伴奏を務める管弦楽に根っこを持った音楽のように聞こえます。モーツァルトが強く心を動かされたのは、まさにその様な性質の音楽だったからでしょう。
なお、演奏に関しては、コンセルトヘボウ管の豊かな響きを最大限に生かしているので、今となっては絶対に聞くことの不可能なスタイルです。ピリオド演奏というイデオロギーが蔓延していた一昔前だと、最初の一音が出ただけで「駄目出し」をされたのでしょうが、こういう大規模編成でゆったりと美しく演奏されると、結構立派な音楽に聞こえてしまうから不思議です。
少なくとも、青白い風邪をひいたような貧相な響きで聞かされるよりははるかに幸せな気分になれます。